育児書で見かけるエビデンス(科学的根拠)ってどういう意味?なぜエビデンスがある情報が重要なの?という疑問
こんにちは。こぶたです。
今回は最近育児書でたまに見かける『エビデンス』っていったいどういう意味なのか、についてまとめてみたいと思います。
筆者は薬剤師ですから医学分野における『エビデンス』はなじみ深い言葉です。しかしIT業界や一般のビジネスシーンでも使用されることもあり、その場合は医学で使用される言葉とはニュアンスが異なるようです。私はむしろそちらの意味の方が知りませんでした。
このように『エビデンス』という言葉は聞く人によって受ける印象が違うようですので、ここで医学などの分野における『エビデンス』とはどういう意味なのか簡単にご説明してみたいと思います。
なお、医学分野などにおける『エビデンス』について正確に知りたい場合は統計学や研究デザインも理解する必要がありますが、ここではそれらについて簡単に説明します。
なるべく分かりやすくするためにあえて説明を簡略化してますが、難しく感じる表記があれば申し訳ございません。
もしよろしければ読んでみてください。
一般における『エビデンス』という言葉の意味
英語の"evidence"
『エビデンス』という言葉は英語の『evidence』という単語が由来になっています。
日本語では『証拠、物証、形跡』などと訳されます。
ビジネスでの"エビデンス"
ビジネスシーンにおけるエビデンスは『証拠、根拠、裏付け』を意味します。一般的なビジネスシーンでは、具体的には契約書や議事録を指す場合が多いようです。
(参考:池田芳彦著/日本文芸社発行/「アジェンダ」とかがわかる現代ビジネス用語辞典)
エビデンスという言葉の他の意味や成り立ちについては以下のリンクが参考になりますので、よろしければ読んでみてください。
研究における『エビデンス』という言葉の意味
ここから主に医学分野を参考に研究における『エビデンス』という言葉の意味について説明してみます。
医学においてエビデンスはよく『科学的根拠』と訳されます。ここでいう『科学的根拠』とは、『適切に行われた研究(疫学研究)によって得られた結果に基づく知見』を意味しています。
適切に行われた研究についてもう少し分かりやすく考えてみたいとおもいます。
例えば、『A市とB町の小学生の学力差について調べる』と仮定します。
それぞれの町の小学校から得たサンプルを比べた結果、A市の小学生のテストの平均点数は90点、B町の小学生のテストの平均点が60点だったとします。果たしてこれは比較してもよいデータなのでしょうか。
もしかするとA市は小学1年生、B町は小学6年生のデータで学年が違うかもしれません。また片方は国語、片方は算数のように比べている教科が違うかもしれません。
このようにデータを比較する場合、そのデータが持つ条件(この場合は例えば教科や学年など)をできる限り合わせなければ正確な比較検討はできません。もしこれが人ではなく物であるならば条件を合わせることは容易ですが、人は生まれ育った環境、健康状態、生活習慣など全く同じ条件ではありえません。ですからデータの条件を合わせていくことはとても困難な作業です。ですがここをある程度統一できなければ比較検討は難しいのです。
また上記のような研究で比較検討を行う時、対象となる人が多ければ全員を調査することは困難となる場合があります。
1つの市や町の小学6年生くらいなら可能かもしれませんが、これが県単位、国単位となったらどうでしょうか。調査はとても大規模になり多額のコストがかかります。
そこで通常はいくつかのサンプルを用いて研究を行います。もともと調査すべきすべての対象を"母集団"、そこから選ばれたサンプルを"標本"と呼びますが、特に覚える必要はありません。
調査したい大きな集団(母集団)をサンプルデータ(標本)から予測するために必要なサンプルの数(標本のサイズ)は統計学で導かれます。(筆者はこの分野には詳しくないのでご興味がある方はぜひ参考書籍をご覧ください)
サンプル数が多い分には問題はありませんが、サンプル数が少なすぎるとたまたま成績のいい子どもと悪い子どものデータだったということがあり得るため、"偶然"の因子が排除しきれません。
このように複数のデータを比較するとき、そのデータ条件やサンプル数などさまざまなことを適切に設定して初めて正しく検討することができるのです。
上記のことが分かると、ある特定の個人の経験談を全く背景の異なる人にそのまま当てはめて比較することは、意味がなく危険な行為であることが理解できると思います。
サンプルの条件を合わせた上で、今度はどのような研究方法があるか考えてみたいと思います。
できる限り条件を合わせた上記の2市町に学力差があった場合、その差に影響を及ぼす因子を検討してみます。例えば『学力差に対する読書習慣の有無の影響を検討する』場合を考えてみましょう(架空の例です)。
まず、現在の学力差から過去にさかのぼって、読書習慣の有無を比較する方法があります。この方法は後ろ向き研究と呼ばれます。後ろ向き研究の代表例としてはケース・コントロール研究(症例対照研究)があります。
また、現在の読書習慣の有無が、将来的に学力にどのような影響を及ぼすかを調べる方法もあります。これを前向き研究と言います。前向き研究の代表例としてはコホート研究があります(コホート研究には後ろ向き研究もありますが、一般的には前向き研究の場合をコホート研究と言い、後ろ向き研究の場合は後ろ向きコホート研究ということが多いです)。
後ろ向き研究はすぐに結果を得ることができますが、前向き研究では内容によっては数年単位の研究が必要となることもありますしコストもかかります。そのため後ろ向き研究の方が実施しやすいというメリットがあります。
一方、後ろ向き研究では個人の記憶に頼る部分が多くデータがあいまいになりがちです。
上記の例でいうと、当該小学生が1年生の時に1週間で何冊の本を読んでいたか正確に思い出すことは難しいと思います。それに対して前向き研究では状況をより正確に把握することができます。
このように前向き研究の方がデータの信頼性が上がるので、後ろ向き研究よりも前向き研究の方が"信頼性が高い"と言われます。
信頼性が高いことを"エビデンスレベルが高い"といいます。信頼性は研究の方法によって差があり、次のような順にエビデンスレベルが高いといわれています。
ここではこれ以上それぞれがどのような研究方法(研究デザイン)なのかについては触れません。ちなみに、新薬の開発ではランダム化比較試験というエビデンスレベルのかなり高い研究をしなければいけません。
『エビデンスがある』というと、一般的にはランダム化比較試験によって得られる結果のことを言います。
すなわち、『私が経験したこのような症例』といった症例報告や『私はこう考える』と言った専門家の意見によってエビデンスがあるとは言えません。よくテレビや雑誌で見かける『私はこうした』や『私が子どもを大学に入学させた方法』などの個人の経験談はエビデンスレベルとしては最も低く、"科学的"ではないということです。
エビデンス(科学的根拠)に基づく子育てとは
今あなたは自分のカンと経験に基づいて子育てを行っていますか。子育てをしていて自分の親や周囲の経験者からのアドバイスを受けることがありますか。これらはすべてエビデンスレベルの低く科学には基づかない子育て、ということになります。
もちろん個人のカンや経験に基づいて子育てを行うことが悪いと言っているわけではありません。ただその根拠、説得力は乏しいということです。
確かに、科学や統計はすべての人や事象に100%当てはまる答えがあるわけではありません。ほとんどの人に当てはめることができるけれども、中には当てはまらない人がいますし、研究がすすめばこれまで白だと思っていたことが黒だといわれるようになることもあります(実際にはそこまで極端ではないにしろ、グレーが黒くらいはあると思います)。エビデンスの高い情報であったとしてもそれが自分の子育てに絶対に合うとも限りません。
ですがエビデンスが高い方法は、現時点において失敗する可能性をできるだけ減らし、成功する可能性をできるだけ上げる方法である、ということは間違いありません。
ところでみなさんはEBM(Evidence-Based Medicine)という言葉を聞いたことがありますか?
医療関係者以外で聞いたことのある人は多くはないのではないでしょうか。
EBMは日本語ではよく『科学的根拠に基づく医療』と訳されます。
EBMを実践するということは、『エビデンスの高い情報』と『医療提供者個人の臨床的な経験』、そして『患者本人の価値観』を統合することでより良い医療を目指そうとすることです。
例えばある病気に対してAという治療法が最も効果が高いが、その治療法では副作用が強いという『エビデンスがある』とします。副作用は強くても1番強い効果を期待できる治療法を希望する患者さんもいますし、副作用が少なく2番目に効果があると考えられるBという治療法を希望する患者さんもいると思います。
このようにEBMでは患者さん本人の価値観も重要視されています。
EBMが生まれた背景には、かつては医師が個人的なカンや経験をもとに治療を行っていたことがあります。しかしそのままでは医師によって治療方法や治療成績にばらつきが出てしまい、患者さんにとっても不利益が生じます。そこで、きちんとした研究結果(エビデンス)をもとに治療を行いましょう、という考えが提唱されたのです。
では医療におけるEBM(Evidence-Based Medicin)を育児に置き換えてみるとどうでしょうか。命名するならばEME(Evidence-Based Education、根拠に基づく教育)やEMC(Evidence-Based Childcare、根拠に基づく子育て)と言ったところでしょうか。
“エビデンスがある情報"をもとに、できるだけ失敗を減らして高い効果を得られる方法を、自分たち家族のおかれている状況(住んでいる場所や経済状況など)と照らし合わせながら、自分たちにとって最善の方法を選んでいくこと。
これがEMC(根拠に基づく子育て)の実践、と言えるかもしれません。
今後育児書を読むとき、その本の筆者の言っていることは"個人的な意見"や"とある一例"なのか、"適切にデザインされた研究結果"なのか、ということは意識しておいた方がいいかもしれません。
再度強調しておきますが、個人的な意見が間違っていると言っているわけではありません。その本の提唱する方法で子どもがすくすく健康に成長したことや、高い学力に達したということは事実です。
ただそれはある一例にすぎず、その方法が普遍的に誰にでも当てはめることができるか、と言われればその科学的根拠はありません。個人の意見や症例報告のエビデンスレベルは低い(エビデンスがあるとは言えない)のです。
ちなみに"エビデンスがある最新情報"は専門家が持っていることが多く、一般の人ではすぐには手に入らない場合が多いです。またそういった情報は英語で書かれていることも多いため、もし何か悩みや相談事があれば専門家を頼るか専門家の書いたエビデンスがある書籍を読むことをお勧めします。
たくさんある育児書に惑わされすぎず、エビデンスがある情報なのか、個人の意見やとある一例なのかを見極めながら参考にしていってくださいね。
【この記事の参考文献およびWebサイト】
・池田芳彦著/日本文芸社発行/「アジェンダ」とかがわかる現代ビジネス用語辞典
・続 10分でわかるカタカナ語 第2回 エビデンス 筆者:もり・ひろし & 三省堂編修所
・「統合医療」に係る情報発信等推進事業/根拠に基づく医療」(EBM)を理解しようhttps://www.ejim.ncgg.go.jp/public/hint2/c03.html
・国立がん研究センターがん情報サービス がんの基礎知識 ガイドラインとはhttps://ganjoho.jp/public/knowledge/guideline/index.html
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